成功体験とは

子供や選手が変化を遂げ、成長する力に決定的な役割を果たすのが「成功体験」。

ここでの成功体験とは、学業成績やビジネスなどでイメージする成功体験とはちょっと違います。

ここで私が表現する成功体験は、意図的か否かにかかわらず、子供や選手が何らかの行為(動き)をし、その結果、嬉しいと感じたり面白い、楽しいと思ったりすることです。

このような体験の積み重ねが結果的にうまくいきます。

この確証はリハビリテーションで容易に体験できます。

毎回、何かの発見のあるクライアントさんはリハビリテーションに参加するのが楽しみで自立されるのがとても早いし、症状の回復も早くなります。

逆に受け身的で、面白く無いリハビリテーションでが、そのあとの回復が全く別のものになります。

そしてその成功体験は今できていることから導けることが多い。

結果に執着しすぎると・・・

結果に執着しすぎると、うまくいくことが行かなくなる場合があります。

私の経験では、

打率をあげないと、

ストライクを取らないと

三振を取らないと

エラーを無くさないと

こんなことを重きを置いて練習した結果、最終的には散々たるものでした。

もちろん、打率は上がった方がいいし、三振は取れた方がいいし、エラー無い方がいいのは間違いない。

ただその結果に縛られてしまうと、しんどくなってしまう。

ある本で読んだヒヒの話。

カラハリ砂漠に住むヒヒは水を貯え、その場所を人や他の動物から隠す知恵を持っているらしい。現地の猟師は水のありかを探す時、まずヒヒがよく訪れる巨大な蟻塚を探し穴を掘ります。ヒヒは好奇心が強い動物で離れた場所から猟師が穴を掘る様子を見ています。

猟師は掘った穴にヒヒの好物のタネを落とし、立ち去ります。そこに現れたヒヒは手を穴に突っ込み、中のタネを握り取り出そうとしますが、硬く握り締めているために穴から引き抜くことはできません。

猟師が姿を見せるとヒヒはパニックを起こし、叫び、逃げようと七転八倒しますが、握った拳を開いてタネを手放さないので身動きが取れません。

猟師はヒヒに綱をつけ塩を与え、一晩そのままにしておきます。すると翌朝、解放されたヒヒはのどの渇きを潤うそうとして、一目散に一目散に水のありかにかけていくのだそうです。

このヒヒが事態を切り抜けるためには手を開き、タネを話さえすればよかったのですが、タネを食べたいという欲求を超える選択肢を脳が持ち合わせていないためヒヒは自分の自由、つまり生存を犠牲にしてまでタネを食べるという目標にしがみつきます。

この例えは、特定のゴールを達成することだけに焦点を絞ると、選手は新しい学びのチャンスに反応ができなくなり、結果的に自分の可能性を狭めてしまいかねません。

 

“..make the impossible possible, the possible easy, and the easy elegant.”

を基準にし、選手のができていることのエッジに働きかけるよう意識します。

 

エンスージアズムとは

ここで私の使うエンスージアズムとは、

子供や選手のごく小さな変化の大切さを知り、変化に喜びを感じ、心の中で祝うことであり、子供や選手の(またはクライアントさんの)実に小さな変化や進歩に私たちが感激し、心の内で喜びを深める力です。

小さな変化の意味を無視し、決して理想の状態でないことの課題だけを見ないということです。

 

エンスージアズム・・・セラピストとしての在り方

エンスージアズムという言葉は、ナポレオンヒルの本「思考は現実化する」で初めて出会った言葉です。

熱狂とか情熱と訳されたります。

ただ、この時のイメージはサッカーに熱狂していたり、野球に熱狂していたりというイメージが先行します。

しかし、ここで使っているエンスージアズムは子供や選手の小さな変化や進歩に私たちが感激し、心の内で喜びを深める力を磨くことを意味しています。

例えばミラーニューロンのアイディア

ミラー・ニューロンとは、Rizzolattiらの研究においてサルの腹側運動前野および下頭頂小葉で見つかった、自分が行為を実行するときにも他者が同様の行為をするのを観察するときにも活動するニューロンである。単に行為の視覚特性に反応しているのではなく、行為の意図まで処理していることが示唆されており、他者の行為の意味の理解・意図の理解などとの関与が提案されている。ヒトの相同領域でも、ミラー・ニューロンと解釈できる活動が示されている。(脳科学辞典より)

掻い摘んで表現すると、私たちの心が熱狂していることが、選手や子供脳に大いに影響する。

もっと飛躍して表現すると、私たちセラピストやトレーナーがその子に、選手に何らかの働きかけを行う時、私たちがエンスージアズムを持っているかどうか、その在り方が、すでに影響し、働きかけているということです。

このミラーニューロンの存在を意識して、日々選手や、クライアントさんに接することは、大きな違いをもたらします。

 

 

 

微かな力の利用・・・スランプからの脱却

選手がうまく問題を解決できないでいるとき

投手がストライクゾーンに投げることができない

ボールを自分が思っているところで捉えることができない

シャトルを思ったショットで返せない

などなど

そのようなとき、多くの選手が取る手段は

ひたすら練習します。

そのことができるように努力します。

私も学生のときはその手段しかありませんでした。

毎日、自宅で素振りを数百回

手のひらの豆がなんども潰れることを繰り返していました。

もちろんその行為自体は悪いことではないのですが、

一生懸命に努力すると、うまくいってるときと、うまくいっていないときとの違いが分からなくなることがあり、ただただ繰り返すことになりかねません。

そして指導者からの助言を真に受け、自分らしさがなくなっていくということにもなりかねません。

自分らしさがなくなると、面白くないんですね。

楽しくないんですよね。

うまくいっていない問題を解決するときの一つの取り組みとして

違いを知るというのがあります。

The difference that makes the difference

「違いをもたらす違い」

うまくいっている人とうまくいっていない人との違い、

もしくはうまくいっているときと、うまくいっていないときの違いです。

この違いを知ることは非常に重要になります。

この違いを知るために「ゆっくり」が大事です。

そしてゆっくりと行うために「微かな力」が重要になります。

エルンストン・ウェーバー博士が発見した法則で

ウェーバーの法則というのがあります。

これは強い刺激は感覚を鈍らせるというものです。

例えば、

天気の良い、強い日差しのなかで懐中電気をつけても眩しく感じませんが、暗闇で懐中電気の光を見ると眩しく感じます。

5キロのダンベルで腕の筋トレをしているときに蚊が止まっても気づきませんが、ソファーでテレビを見ているときに蚊が止まれば気づきます。

コーヒーカップに角砂糖が5個は入っているコーヒに、あと一個追加しても甘さは変わりませんが、ブラックコーヒーに一個でも入れれば、その違いは明白です。

つまり、一生懸命に努力をすればするほど、自分の状態に気づきにくくなる可能性があるということであり、気づきにくければ改善の糸口が見出せないかもしれないということにつながります。

何かの問題を選手が解決するときは、

ゆっくりと微かな力で、自分の体に起きている違いを知ることからとりかかることは大切なプロセスです。

この違いをもたらしている違いに気づくやり方は様々ありますが、

フェルデンクライスのレッスンは非常にシンプルに取り入れることができます。